翡翠加工・ 大型大珠と勾玉 99-3 成形

グラインダーで形を削りだしました。

大きいので削る部分も大量になるので大変です。

今回はこれを見越して、切り抜いた後、切断機で可能な限り余分な部分を

切り取っておきました。

窪んだ所がない大珠は、腹のある勾玉よりも比較的成形しやすいです。

 

勾玉 大珠 翡翠勾玉 大珠 翡翠

 

 

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縁結人 :

こんにちは。
お昼過ぎからまた雪が降ってきました。
せっかく融けてよろんでいたのですが・・・富山の春はまだまだ遠いです。

先ほど、近くにある富山県埋蔵文化財センターに立ち寄り、宮崎海岸の境A遺跡出土のヒスイの原石をほんの一部ですが見せて頂いてきました!
以前にも風化した白っぽい表面のものを、薄暗い収蔵庫の中で拝見し、触れさせて頂いたことはあったのですが、ペンライトで透過を見ることは今回始めてでした。

あまりの膨大な量があるとのことで、センター内の収蔵庫も手狭で、県が他の場所に保管している者もあるとか。で、箱に3つほど(100粒程度)明るいところで見せて頂きました。
中には透過の透き透きなものや、紫の透過のすばらしいものなど、当たり前のようにゴロゴロあったので、最初の10粒程度でお腹いっぱい状態に(笑)

5~6千年前の石の匠さんたちのヒスイを見る目の凄さに圧倒されました!

3センチほどの小さな透明度の高いものですら、滅多に拾ったという噂も耳に入らない現在のヒスイ環境を思えば、普段拾ってるヒスイはなんなのだろうと思わされるハイレベルの原石がゴロゴロ混じってありました!

春翠 :

縁結人さん、今晩は。

遺跡出土の翡翠原石を実際に手に取って見られたとは、すばらしい体験ですね。
しかも、透過光まで、、、。
ここは、一般の人でも見せてもらえるのですか。
写真でも良いから見てみたいです。
透明度の高い原石がゴロゴロとは驚きです。
古代には上質なものが海岸に多く打ち上げられていたと言うことですね。
遺跡出土の翡翠の中にラベンダーの原石があるのに、それの加工品を目にしないのは
何故でしょうか。
少ないけれどもどこかに所蔵されているのか、加工したけれど見つかっていないのか、
もともと加工しなかったのか、いろいろ疑問が湧いてきます。

縁結人 :

>春翠さんへ

おはようございます。
事前に申し込みをすれば一般の方でも可能だと思います。
富山県埋蔵文化財センターのHPに閲覧申請のフォーマットがあります。
昨年末にダメ元でそれに「触診、ペンライト照射、撮影」を希望すると要望し、会社からすぐ近くなので受付窓口に提出しました。
後日、担当の方から電話で内容確認があり、その方の立会いが必要とのことで、なかなかタイミングが合わず、昨日ようやく願いが叶いました!
担当の方は、平日の週4日ほどの勤務のため、また祝日はお休みされるので、仕事をしている身の私としては、休憩時間に合わせて1時間ほどでちょこっとだけしか見れませんでした。
それでも、かなりのショックを受けております。
大き目の標本木箱が膨大に棚に積まれているなかの、3箱ほどを別室に移して頂き、ルーペや照明もある環境付き研究者用のテーブルで見せて頂いたのですが、3箱で3~5センチ程度の意図して割られたものが100点余り入ってましたが、これはと思うものを手にとってペンライトを当てると・・・全体に透き透きのドキドキものでした!
境A遺跡(縄文中期)が活発にヒスイの原石を採取していた頃は、凄い宝石が拾えてたんだと驚きでした。
担当の方と話をしてまして、小粒とはいえこんな宝石クラスの原石がたくさん残っているということは、失われた(加工にまわされた?)部分はもっと凄いものだったのでしょうかとお聞きしましたら、現代の宝石的価値基準とは違った評価をされていたのかもしれないので、必ずしもそうとはいえないとのことでした。
中を確かめるために試し割をした残りが長い年月の間にたくさん累積した結果なのかもしれないので、現代に宮崎海岸で採取されたものを全て集めても、質量共に比較は出来ないだろうとも。
ラベにつきましては、同じ礫に翠の部分も多く、たまたま鮮やかで透明度の高い紫部分を含んだ海岸の採取されたままの礫でしたので、寧ろ加工されずにそのまま残ったのかもしれません。
たまたま今回見ることのできた縄文中期に採取されたヒスイ原石は、ごく一部でしかなく、全ての透過を確かめたわけではありませんが、それでもこれはいけるやろうと思って取上げたほとんどのものが、今時滅多にみかけない上質なものばかりで大変ショックを受けました!
考古学関係の方にお聞きすると、当時は緑色がいのちの象徴的な色とされていたので、ヒスイが祭祀のツールとして採用されるようになったとされる考え方が主流のようです。紫や青や黒やグレーの部分を含んだ緑が主のヒスイが意図して採取、加工されるようになったという見解のようです。
その一方で、それぞれの遺跡からも道具としての叩き石として用いられた形跡のある握り具合のほど良い翡翠原石も多数出土しているそうです。
大英博物館所蔵の9割が収蔵庫に眠っていると聞いたことがありますが、同様に翡翠の原石も掘り出されたまま眠っている物が多数あるようです!またそれらを詳しく研究しようにも、何十年もかかり、研究費の予算もとれないので手付かずのままとなるだろうとのことでした。
ただ言えるのは、こうした実績がある以上は、もしかしたらまだ拾えるかもしれない可能性は僅かでもあるはずという希望は得られた次第です!

春翠 :

縁結人さん、今晩は。

古代人は翠色に永遠の命、再生の命を読み取り、緑色の翡翠原石を意識的に集めた
と言うことですね。
確かに、白地に翠の翡翠は魅力的で、生命力を感じさせます。
ラベンダーや青、黒などの原石は翠の翡翠に部分的に入っていたところが
割り取られて加工されずに残ったもので、意識的に拾われた原石ではない
ということですね。
だから、青やラベンダーの勾玉や大珠が見つからない。
それにしても、大量の原石が拾われて加工されたはずなのに、遺跡などから
発掘される勾玉や大珠の合計数があまりにも少ないのは何故か、また新たな疑問が
湧いてきます。

縁結人 :

おはようございます。

確かに仰る通り、私も加工されたものの数は少な過ぎるように思います。数千年の時間をかけて、産地の遺跡に蓄積された欠片や原石は膨大な量がありますから。まだ未発見のものも多数土の中で眠ってはいるでしょうが。それにしても・・・

翠以外の色の大珠ですが、以前青森の博物館で開催された企画展の図録中に、青色系の大珠があって驚いたことがありますが、それも実物を見ないと印刷からでは正確にわからないのですが・・・

例えば信号機の色も青と緑の間みたいな感じの色ですが「青」と言うようなもので、実際に翡翠の色も緑と青が複雑で微妙に絡み合った感じの色味のものがありますので、必ずしも若葉のような緑らしい緑の部分を選んでたとも言い切れない感じもしますが。

今回たまたまペンライトを当てた小さな原石たちの多くに水色っぽい透明な部分を持つものが多く、鮮やかな緑の部分を含むものありましたが。

最近思い出したことがありまして、中国の北東部辺りで栄えた紅山文化というのがあるそうで、そこに大地母神の像があって、青色の瞳が嵌め込まれていたと何かの文献で読んだ記憶があります。この辺りの人はモンゴロイドではなく、青い瞳をもったコーカソイドだったとも書いてあったような・・・曖昧ですが。この地は、長江文明と同じく楔状耳飾の文化圏なので、青い瞳と同じ色をした翡翠を求めて来た人たちが翡翠と出合って、翡翠文化を形成したのではと想像したりするこの頃です!因みに、長江流域に呉越同舟で有名な越(越)の国があったとか。なんだか繋がってるような気がします!

春翠 :

縁結人さん、今晩は。

東洋蘭の世界でも緑の花を青花といいます。
日本人の感覚では緑と青は明確に区別していなかったのでしょう。
そう考えると、青や青緑の翡翠が加工された可能性がでできますね。
どこかで発掘されているのかな、、、、。

青い瞳と青や緑の翡翠、ロマンがありますね。
もともと日本人は大陸の様々な地域から渡ってきた人たちだから、その子孫たちが
故郷を偲んで、移住した土地に同じ名前をつけた可能性がありますね。

ぜひとも、富山県埋蔵文化財センターに行かなくては。

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